ケーススタディ
部下を叱れない管理職
あなたは某社の営業部長で3つの課をマネジメントしています。
法人営業課の田中さんは、部内でもトップの営業成績を収めるセールスマンです。今月も大型案件の受注を決めて会社や部門の業績に大きく貢献しています。営業成績が優れている一方で、報告書の提出や経費精算等の事務処理は疎かになりがちです。社内研修や全社朝礼も営業訪問を理由に欠席が多くなっています。最近は、他の法人営業課のメンバーから「田中さんは自分の給与に関係のあることしかやっていない」という不満の声も上がっています。また「田中さんに会社行事の欠席が認められるなら、自分の欠席も認めてほしい」と田中さんを山車に欠席をしようとするメンバーも現れました。
本来であれば、田中さんの直属の上司にあたる林課長が彼を指導すべきですが、林課長はなかなか田中さんを指導できずにいました。よくよく見れば、林課長には以下のような事情があるようです。
- 田中さんは、林課長よりも1年先輩である
- 以前、田中さんの問題行動を注意したところ、「結果を出しているんだから、いいじゃないか。事務作業をしっかりやって数字が未達のセールスと事務作業にはモレがあるけど数値目標を達成しているセールスのどちらを会社は評価するんだ?」と逆に詰問されてしまった経験がある。
- 法人営業課が今期の売上予算を達成できるかどうかは、田中さんにかかっている
- 田中さんに限らず、法人営業課で好成績を上げているメンバーは事務作業にルーズな傾向が顕著である
- 社長は目標達成に執着するタイプで、前期の法人営業課の目標未達についても会議で厳しく追及した。
どんな事情があるにせよ、このまま田中さんの問題行動を黙認するわけにもいきません。さて、あなたは林課長に対してどのような指導をしますか?
考え方のポイント&解説
これは【部下を叱れない管理職の指導方法】について考えるケーススタディです。最近は、あきらかに部下に問題があるケースであっても、厳しく指導できない上司が増えているようです。ハラスメントや暴力行為は問題外ですが、厳しい指導が必要な場面で何もできないのは上司として大問題です。
このような現象が起きてしまう原因は、上司である林課長のレジリエンスの低さにあります。レジリエンスとは、ネガティブな状況に陥った場合でも、それを引きずらず、速やかに元の状態に戻って判断・行動できる心の力をいいます。一般的には「精神的回復力」「ストレス適応力」「しなやかさ」「弾力性」等と表現されます。
レジリエンスの低い人には、以下の5つの特徴があります。
失敗や良くない結果が起きた原因をすべて自分の責任であると考える。責任感が強い人、自分に自信がなく自己批判することで集団の中での立場を守ろうとする人に多い。
相手の事情や立場を慮れず、「普通ならできる」「~と考えるのが当たり前」と常識やデータ、論理から性急に結論を導き出し、それに該当しないものにネガティブな感情を抱く。論理性の高い人、思いやりに欠ける人に多い
周囲からの指摘や指導の内容を冷静かつ客観的に受け止めることができずに、その時に湧き上がった「イヤだ」「責められている」「怖い」等、負の感情を抑えきない。論理性が低い人、自信がない人、感情が抑制できない人に多い
とにかく自分が一番大事。自分が傷つくこと、自分が損することに敏感で、傷つかない理由、損しない理由を懸命に探す。利己的な人、承認欲求の強い人に多い
できない理由に目を向け、リスク要因を過大に評価する。取り組む前から「どうせ無理」 「やっても無駄」と考える。自己肯定感の低い人、慎重で保守的な人に多い
林課長は、自分が田中さんに厳しく指導をして、
- 彼の機嫌を損ねてしまったら課の売上が落ちたら困る
- 田中さんだけなく、他のメンバーに良くない影響が出るかもしれない
- 未達だったら会議で社長からまた厳しい糾弾されてしまう
と考え、田中さんの問題行動に見て見ぬふりをしています。
これは、田中さんの成長や健全な組織文化を作ることよりも、自分の心情や立場を守ることを優先している状態であり、レジリエンスの低い人の特徴④に該当します。
④のように主観的な解釈をしてしまう林課長のような人物を指導するときのポイントは、客観的な解釈を促すことです。自分以外の誰か、第三者の立場に立って物事を考えるように指導しましょう。例えば、以下のような問いかけが有効です。
- あなた(=林課長)の言動を見て、他の法人営業課のメンバーはどのように感じているだろうか? 「林課長って田中さんにだけ甘くない」「結局は数字しか見てないじゃん!」など憤っていないだろうか?
- あなた(=林課長)の言動を見て、田中さんはどのように感じているだろうか? 「林はチョロいな」「俺には頭が上がらないんだ」と見くびっていないだろうか?
- あなた(=林課長)の言動を見て、社長はどのように感じているだろうか? 「林君はそんな偏ったマネジメントをしているのか」「彼に管理職を任せていいものだろうか」と心配になっていないだろうか?
また、田中さんに対する具体的な指導方法についても助言が必要です。客観的な解釈によって、田中さんへの指導を決意できてたとしても、1つ上の成績優秀なクセのある部下への指導は容易ではありません。
もし、田中さんが管理職を目指しているのなら「田中さんが管理職になった時に、そのような態度で周囲からの協力を得られると思うか」と上司の立場に立って考えさせる、今のままならどんなに成績が良くても部長として評価をしないことを田中さんに告げてよいとお墨付きを与えるといったアプローチがそれに当たります。
このような指導によって、林課長は上司として田中さんのような部下に対して、毅然とした態度で指導することができるようになるのです。