コラム
新人・若手社員の告白シリーズ⑨意外と寛容?退職代行は「あり」か「なし」か

人間にとって「最近の若者」との価値観の違いは永遠のテーマです。古代ギリシアの哲学者プラトンや徒然草の著者である吉田兼好も著書で論じているほか、現代でも「新人類」「ゆとり世代」「Z世代」など、時代が変わるたびに若者世代を「今までの常識が通じない存在」として一緒くたに表現した言葉が生まれてきました。
そのような中、社会の関心を最も集めているものの一つが退職代行サービスです。退職の申請から実際の手続きまでを代理人がおこなうという斬新なサービスは、若手の社会人を中心に利用者が爆発的に増え、ついには入社初日に退職代行を申し込む新卒社員や、『退職代行による退職は禁止』という条項を就業規則に追加する企業も現れました。礼儀礼節への意識が日頃から強い日本では、挨拶や謝罪もなしに会社から去る行為は“非常識”と見なされます。しかし退職代行を利用する若者が増えている今、その考え方自体がもはや“非常識”となってしまったのでしょうか?
そこで今回は、企業で働く20~50代の社会人を対象に「退職代行サービスについてどう思うか」を調査し、その結果をご紹介いたします。
本記事の編集にあたり、1000名を対象にアンケートを実施しました。今回は「退職代行サービスを知っていますか?」「退職の意向を第三者に伝えてもらうことをどう思いますか?」のほか、退職代行を使う理由として許容できるものはどれなのかを質問いたしました。記事内では有効回答として得られた837名の回答の集計結果を公開させていただきます。
はじめに、「あなたは退職代行サービスを知っていますか?」に対する回答の比率を世代別に見てみましょう。
全体
20代
30代
40代
50代
おそらく多くのメディアが退職代行サービスについて大きく採り上げてきたためか、7割以上の回答者がサービスを知っていました。
しかし世代別のグラフを見ると、意外なことに年代が若いほど『知っている』の割合が低く、20代に至っては30代~50代と比べて10%以上も差が開いていることが分かります。東京商工リサーチ社が発表した調査結果によれば、2024年1月以降の退職代行の利用者のうち20代が圧倒的に多かった(全利用者の60.8%)にも関わらず、なぜ年長者よりも認知度が低いのでしょうか?
要因として考えられるのは、時事トピックに対する関心とマネジメント業務への関与の2つです。
…社会に出て間もない若手社員は、社会の動向に関心を持つ必要性を感じにくく、“自分が”仕事を辞めたくなったときに初めて退職代行の話題に触れる可能性が高い。
…管理職の割合が多いベテラン社員は、「若手の部下のマネジメント」に関連する話題に関心が強く、退職代行の話題に触れるきっかけも多い傾向がある。
このように、退職代行と関連の深いトピックに触れるきっかけの違いが、若者と年長者における認知度の差を生み出していると考えられます。とくに、若者の主な情報源であるSNSが「ユーザーの興味に合う話題をより多く表示する」仕組みに基づいている反面、年長者のユーザーが多い新聞やニュース番組にはそのような仕組みがないことも、影響している可能性が高いでしょう。
若者によく利用されているサービスだからと言って、必ずしも「若者のほうが知っている」とは限らないのです。
次に、「会社に退職を申し出るときに、本人ではなく第三者に代わりに伝えてもらうことについてどう思いますか?」という質問に対して、『賛成』『反対』『状況による』の中から回答を選んでいただきました。その結果は以下の通りです。
年代別の傾向としては、若者(20~30代)は『賛成』、年長者(40~50代)は『反対』の割合が高くなっており、世間のイメージにおおかた一致していると言えるでしょう。全体的に見ると、年齢が離れるほど価値観のギャップがより広がっていく傾向が明確に示されていることが分かります。一方、『状況による』を選んだ回答者の割合は、多少の幅はあるものの、どの世代も60%台に上りました。
退職の申し出に限らず、『重要な話は自分の口から伝えるべき』とする従来の価値観は、年長者ほど強く持っている傾向があるようです。その一方で、どの世代においても『話の伝え方は状況に応じて判断するべき』という合理的な考え方が現代の価値観の主流になりつつあることが伺えます。
ここまでの解説を読んだ方の中には、『若者は退職者が迷惑をかける辞め方をしても気にしないのか?』あるいは『年長者は社員の退職を許さないブラック企業にも自力で対処すべきと考えるのか?』という疑問を抱いた方もいるかもしれません。しかし安心してください。今回の調査を通して、どの年代の人も「モラルの無い行為」に対しては共通の認識を持っていることが分かったのです。この段落で詳しく解説していきましょう。
最後の質問では、『退職代行サービスを知っている』と回答した604名(うち有効回答は583名)を対象に、どのような理由であれば退職代行を使っても許容できるかについて調べてみました。具体的には、退職代行を使う理由として想定できる状況を20通り挙げ、「各項に挙げた理由で退職代行サービスを利用することは、あなたにとって許容できますか?」という問いに対して『許容できる/許容できない』のどちらかを選んでいただきました。
「退職代行を使う状況」の例として挙げた項目は以下の通りです。
- 精神疾患により出社が困難だから
- 残業代の未払いや有休の未消化など、権利に関わる交渉をしたいから
- 退職の申し出をきっかけに嫌がらせや恫喝などを受ける可能性が高いから
- 過去に退職を申し出た際、まともに取り合ってもらえなかったから
- 会社で不法行為が日常化しており、トラブルに巻き込まれる前に退職したいから
- 退職手続きに時間や手間をかけたくないから
- 対面でネガティブな話をするのが気まずいから
- 上司から退職理由を詮索されたくないから
- 家族や友人から退職代行を勧められたから
- 業務の引継ぎをする義務を免れたいから
- 注目されているサービスを体験してみたいから
- 辞めたいけれど何と伝えてよいのか分からないから
- 不満の元凶である会社に一泡吹かせてやりたいから
- 引き止めにあうなど、余計な時間がかかるのが煩わしいから
- 上司や職場の問題点を第三者の口から伝えてほしいから
- 「退職の○日前に申し出ること」など、就業規則が厳しくて退職の足かせになっているから
- 退職を認める交換条件として、業務やノルマを上乗せされる可能性が高いから
- 退職しようとしていることを他の社員に知られたくないから
- 転職先から『できるだけ早く入社してほしい』と言われているから
- 複数人での同時退職を決行するために、綿密な計画を立てられる人が必要だから
それぞれの状況は、「明らかに会社や退職者に問題があるもの」から「人によって判断が分かれる微妙なもの」まで、“いかにもありそうな”ものばかりです。これらの状況下で退職代行を使った場合、『やむを得ない』と感じるか、『安易だ』『甘えている』と感じるか…回答者の方々はどんな価値観を持っているのでしょうか?
ここからは、様々な軸で回答者をグループ分けしながら、『許容できる』と回答した人の割合を比較してみましょう。
※もしお時間が許すならば、回答結果をご覧になる前に、皆さんも上記20通りの状況に対して『許容できる/許容できない』を考えてみてください。
まず、回答者全体のうち『許容できる』と回答した人の割合をグラフに表してみました。
あなたの回答と比較して、いかがでしょうか?
大きな傾向として、会社側のコンプライアンスとガバナンスに問題がある場合は退職代行の利用が許容されるようです。例えば、嫌がらせや恫喝、残業代の未払いや退職願の放置など、労働者の安全や権利を侵害する行為は、コンプライアンス違反に当たります。また、業務やノルマの上乗せも、明確な不正行為ではないものの「実質上の退職妨害」と受け取られる可能性の高い行為です。精神疾患による退職については、今回の質問では精神疾患の原因について明記していないものの、仕事や職場環境のストレスが原因なのであれば、やはり会社側の責任と言わざるを得ません。
一方、退職代行の利用が許容されにくいのは、会社側のコンプライアンスもガバナンスも問題がない場合あるいは退職者側のモラルが欠如している場合である傾向があります。会社への仕返しはもちろん、引継ぎなど業務上の責任を放棄するのは、社会人としての信頼を損なう行為です。また、退職代行の利用の有無にかかわらず、社員が突然退職すると残ったメンバーは抜けたメンバーの穴のフォローに振り回されることになります。そのため、とくに問題のない会社に対して、個人的な動機からそのような混乱をもたらす退職者には、『社会人として無責任・礼儀知らず』という印象を抱く可能性が考えられます。
また、詳細な結果は割愛しますが、年代別に『許容できる』の割合を算出したところ、20代~50代のどの年代でも上記とほぼ同じ傾向が見られました。いわゆる「当たり前のことを、当たり前のこととして認識する」感覚は、若者も年長者も正しく持ち合わせているのです。
次に、「本人ではなく第三者に退職の意向を伝えてもらうことについてどう思いますか?」に対して『賛成と回答したグループ』と『反対と回答したグループ』に分けた上で、割合の違いを見てみましょう。なお、各グループの母体数は『賛成:121名』『反対:87名』となっています。
割合の水準は大きく離れているものの、「許容されやすい理由」と「許容されにくい理由」の傾向はどちらのグループも変わらず、回答者全体の回答の分布とも概ね一致します。では、賛成派と反対派の間で『許容できる』の割合の差が大きいのは、どの状況の場合でしょうか?上位5つの項目をピックアップしてみました。
- 1位:就業規則が足かせになっているから(76.4%)
- 2位:第三者に会社の問題点を伝えてほしいから(75.5%)
- 3位:引き留めに遭うのが煩わしいから(69.4%)
- 4位:時間や手間をかけたくないから(68.5%)
- 5位:会社に仕返しをしてやりたいから(67.5%)
※()の中は両グループの差の値です
最も大きく差が開いたのは『就業規則が足かせになっている場合』でした。法的には、就業規則よりも民法や労働基準法など法令の効力が優先されますが、現状は『会社が決めた就業規則を優先すべし』とする価値観が社会に根強く浸透しています。このように、法律と価値観のギャップが対立を生み、社員が退職代行の利用に踏み切るきっかけを作っている可能性は高いでしょう。
最後に、②の質問に『状況による』と答えたグループ(以下、中間派)の割合を見てみましょう。なお、このグループの母体数は375名です。
先ほどのグラフに、中間派グループの結果を付け加えたのがこちらのグラフです。どの項目の割合も賛成派と反対派の間に収まっていますが、項目によっては「ちょうど中間」や「賛成派寄り」などの違いが見受けられます。そこで、中間派の割合と、賛成派・反対派それぞれの割合との差を表にまとめて比べてみましょう。
| 賛成派との差 | 反対派との差 | |
|---|---|---|
| 1.精神疾患により出社が困難だから | 6.8% | 18.2% |
| 2.残業代の未払いや有休の未消化など、権利に関わる交渉をしたいから | 13.1% | 34.3% |
| 3.退職の申し出をきっかけに嫌がらせや恫喝などを受ける可能性が高いから | 9.4% | 30.3% |
| 4.過去に退職を申し出た際、まともに取り合ってもらえなかったから | 5.3% | 27.3% |
| 5.会社で不法行為が日常化しており、トラブルに巻き込まれる前に退職したいから | 4.5% | 36.6% |
| 6.退職手続きに時間や手間をかけたくないから | 34.2% | 34.3% |
| 7.対面でネガティブな話をするのが気まずいから | 33.4% | 30.5% |
| 8.上司から退職理由を詮索されたくないから | 32.1% | 35.3% |
| 9.家族や友人から退職代行を勧められたから | 32.5% | 29.9% |
| 10.業務の引継ぎをする義務を免れたいから | 31.2% | 21.4% |
| 11.注目されているサービスを体験してみたいから | 30.3% | 17.4% |
| 12.辞めたいけれど何と伝えてよいのか分からないから | 36.0% | 30.0% |
| 13.不満の元凶である会社に一泡吹かせてやりたいから | 36.2% | 31.2% |
| 14.引き止めにあうなど、余計な時間がかかるのが煩わしいから | 29.6% | 39.7% |
| 15.上司や職場の問題点を第三者の口から伝えてほしいから | 30.9% | 44.6% |
| 16.「退職の○日前に申し出ること」など、就業規則が厳しくて退職の足かせになっているから | 40.6% | 35.8% |
| 17.退職を認める交換条件として、業務やノルマを上乗せされる可能性が高いから | 16.7% | 46.8% |
| 18.退職しようとしていることを他の社員に知られたくないから | 31.2% | 33.3% |
| 19.転職先から『できるだけ早く入社してほしい』と言われているから | 27.5% | 29.1% |
| 20.複数人での同時退職を決行するために、綿密な計画を立てられる人が必要だから | 33.3% | 33.6% |
各項目における両グループの割合を比べたとき、中間派との差が小さいほうに色を付けてみました(6.と20.の差はほぼ同数のため、差はないものと見なしています)。この結果を見ると分かる通り、中間派の傾向はどちらかと言えば賛成派に近く、比較的寛容な方が多いと言えます。
退職代行サービスの利用に対する価値観について解説しましたが、いかがでしたでしょうか。
退職代行サービスが話題になった当初は利用者・運営者を『非常識だ!』と痛烈に批判する意見が目立ちましたが、時が経つにつれて退職代行を取り巻く現状が認知されるようになり、退職代行の必要性を認める意見が広まりつつあることが伺えます。
新しいものが生まれ、人々に受け入れられていく中で、価値観はどんどん変化していくのです。
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